クライアント先でひと仕事を終え、自宅に帰って仕事をする予定で電車に乗ったが、あまりにもお腹が空き、遅めのランチを取るために途中下車をして入ったドトールで、その瞬間はやってきました。
私以外のお客さんは、みな東京の人なんやろね、揺れても平然と座ったままでしたが、阪神大震災を経験した私は、「あの時みたいな揺れや。」と身の危険を感じ、「あかんで、あかんで、この揺れはあかんで!」と無意識に声を出していて、すぐにお店の外に飛び出しました。外から見たドトールの入ったビルは、グラングラン揺れて(ほら、小学生の時、鉛筆を指で挟んで揺らして〝曲がってる〜〟って言うてたような)、ようやく揺れがおさまったところで、私はすぐに幹線道路まで走って出て、タクシーを拾って帰りました。バスがなかなか来ないであろうこと、タクシー乗り場なんかで待っていたらいつになるかわからないこと、震災経験のある私の瞬時の判断は正しかった。
タクシーの運転手もかなり動揺していたようで、私を乗せて扉を閉めるのを忘れたまんま発進させました。自宅に着くと、ワンコはそれはそれは不安そうな顔をケージから出していました。幸い、家の中のものは倒れたりせずに無事でしたが。同じマンション内の他の部屋では向きによっては食器棚から食器が飛び出たお部屋もあったようです。
阪神大震災のとき、堺にいた私は揺れ後「あぁ怖かったな」ぐらいにしか思わなかったが、テレビを付けて唖然とした。あの阪神高速があんなことに、そして神戸の街が火災に。だから、どこかでえらいことになっているのではないかとテレビをつけていたが、そこに流れた映像にまた唖然。津波。
毎年この時期にテレビでは特集が組まれる。心のどこかで「もうええって」と思うこともある。(ごめんな)それは、うんざりという気持ちではなく、毎回やっぱり心が痛む。身近な人を亡くしたわけではないけれど、どこかの誰かの大事な人がたくさん亡くなっている。もう、毎年見るのは辛い。でも、防災意識が薄れているのもたしか。これはこれで意味があるのだろう。
生きているうちに、絶対あと何度かあれぐらいの地震がくるだろう。そのときに備えておくことを怠ってはいけない。